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佐賀地方裁判所 昭和42年(ワ)34号 判決 1969年3月28日

原告

田中善六

代理人

日高元次

桜木富義

被告

陣内邦彦

代理人

杉光健治

被告

光武敏男

被告

佐賀県

右両名代理人

吉浦大蔵

主文

被告らは各自原告に対し、金四七五万〇、三四九円およびこれに対する被告陣内邦彦は昭和四二年二月一九日から、被告光武敏男は四月二〇日から、被告佐賀県は同月一八日から各支払いずみまでいずれも年五分の割合による金員を支払え。

原告の被告らに対するその余の各請求はいずれも棄却する。

訴訟費用は被告らの連帯負担とする。

この判決は、原告の勝訴の部分にかぎり仮りに執行することができる。

事実

第一、当事者双方の求める裁判

一、原告

被告らは各自原告に対し、金四八一万八、八八五円およびこれに対する被告陣内邦彦(以下単に被告陣内という。)は昭和四二年二月一九日から、被告光武敏男(以下単に被告光武という。)は同月二〇日から、被告佐賀県は同月一八日から各支払いずみまでいずれも年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの連帯負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言。

二、被告ら

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決。

第二、当事者双方の主張

一、原告の請求原因

(一)  事故の発生

(1) 昭和四一年一月一七日午後七時二五分頃、佐賀市嘉瀬町扇町の西日本プリンス自動車前道路上において、被告陣内運転の第二種原動機付自転車(佐賀市〇八四号、以下これを事故車という。)と原告運転の自転車が衝突し、そのため、原告は傷害を受けた(以下この事故を本件事故という)。

(2) そして、その傷害というのは、右側頭部打撲、脳底骨折、鼻根部、左頬部、上口唇擦過創の各傷害であつた。

(二)  被告らの責任

(1) 本件事故当時、被告陣内は被告佐賀県の臨時職員であつて佐賀土木事務所失業対策事業課失業対策事業係に勤務していた者であり、被告光武は被告佐賀県の職員であつて、右係の係長として勤務していた者であり、被告佐賀県は事故車を所有していたものである。

(2)(イ) ところで、本件事故は被告陣内が本件事故前に清酒四合位を飲んで酩酊し、そのため事故車を正常に運転することができないおそれのある状態にあつたにもかかわらず、あえて事故車の運転を開始し、佐賀市松原町方面から武雄市方面に向つて進行中、酩酊のため前方注視を欠き、前方を同一方向に向つて進行していた原告運転の前記自転車の後部に事故車の前部を追突させて惹起するにいたつたものである。<後略>

理由

一本件事故の発生

原告と被告光武、同佐賀県との間においては、請求原因(一)の(1)、(2)の各事実は、いずれも争いがない。また、原告と被告陣内との間においては、請求原因(一)の(1)の各事実は、争いがなく、さらに、<証拠>によると、同(一)の(2)の事実が認められ、これに反する証拠はない。

二被告らの責任

(一)  被告らの地位

請求原因(二)の(1)の事実は、原告と被告光武、同佐賀県との間において争いがなく、同(二)の(1)の事実のうち被告陣内に関する部分は、原告と同被告との間において争いがない。

(二)  被告陣内の過失

<証拠>によると、請求原因(二)の(2)の(イ)の事実を認めることができ、右認定を動かすに足りる証拠はない。ところで、事故車などのような車を運転しようとする者は、酒に酔つて前方注視ができないなど正常な運転をすることができないおそれのある状態にあるときには、事故の発生を未然に防止するため、そのような車の運転をしてはならない注意義務を有することはいうまでもないところ、右認定事実によると、本件事故は、被告陣内のその注意義務に違反したことによる過失にもとづいて発生したものと認めるのが相当である。

(三)  被告陣内の責任

右(二)の認定事実によると、被告陣内は民法第七〇九条によつて原告が本件事故によりこうむつた損害を賠償すべき責任を負うことが明らかである。

(四)  被告光武の責任

(1)  <証拠>によると、事故車は佐賀土木事務所にその職員の職務上の使用のため配置されていた公用車であり、被告光武かその保管責任を負つていたものであること、被告光武は本件事故の日の午後五時三〇分頃右事務所を退庁したが、事故車のタイヤの異常の有無を修理業者に調べてもらうため、事故車を右事務所から持ち出し、これを押して佐賀市松原町付近を歩いていたところ、被告陣内および右事務所の職員である訴訟山崎吉辰と出会い、同被告らから話があるから付き合つて欲しいといわれ、飲食店二軒で同被告らと飲酒したこと、被告陣内は右飲食店で清酒二合位を飲んだが、被告光武と出合う前にも清酒二合位を飲んでおり、同日午後七時過ぎに同被告と別れる前には第二種原動機付自転車などを正常に運転することができないおそれがあるほど相当に酩酊していたこと、被告光武は被告陣内と別れる際、同被告が酩酊し事故車の正常な運転をできないおそれのある状態であることを知つていながら、同被告から武雄市の自宅に帰るため事故車を貸してほしいといわれて、同被告に事故車の鍵を渡して事故車を貸し、その運転をさせるにいたつたことが認められ、右認定に反する被告光武本人の供述は採用することができず、ほかに右認定に反する証拠はない。

(2)  前記二の(一)(二)(四)の(1)の各事実からすると、被告光武は被告陣内に対し事故車を貸しこれを運転させるべきでない注意義務があつたのに、これを怠つたものであり、その貸与行為は、被告陣内の事故車運転行為とともに本件事故発生の原因となつたものというべきである。したがつて、被告光武は共同不法行為者として民法七一九条第一項により、原告が本件事故によりこうむつた損害を賠償すべき責任を免れないものである。

(五)  被告佐賀県の責任

(1) 前記二の(一)のとおり被告佐賀県が本件事故当時、事故車の所有者であつたところ、原告は被告佐賀県が自賠法第三条により本件事故によつて生じた損害を賠償すべき責任を負うべきであると主張するので判断するに、本件事故当時施行されあるいはその当時の交通事故につき適用すべき自賠法の「自動車」には原動機付自転車は含まれておらず、したがつて事故車の運行による損害の賠償については同法第三条の規定を適用するに由ないものであり、原告の右主張はその余の点につき判断するまでもなく理由がないことが明らかである。

(2) しかしながら、前記二の(一)(二)(四)の(1)の各事実によると、被告光武の事故車の貸与行為および被告陣内の事故車の運転行為はいずれも同被告らの勤務時間外の行為であり、かつ、被告陣内の私用のための行為ではあるが、これらの行為は客観的には同被告らの使用者である被告佐賀県の支配領域内のことがらであり、その事業の執行であると認めるのを相当とする。したがつて、被告佐賀県は民法第七一五条により、原告が本件事故によりこうむつた損害を賠償すべき責任を負うものといわなければならない。

三損害

(一)  休業による得べかりし利益の喪失

(1)  本件事故により原告の受けた傷害の部位および程度は前記一のとおりであるところ、<証拠>によると、原告は本件事故当時日本通運株式会社佐賀支店に常傭仲仕として勤務していたこと、原告が昭和四〇年一ケ年間に右仕事に就いて同会社から支給を受けた給料の総額は金二九万六、四五一円であつたこと、原告は本件事故受傷のため本件事故の日に中山外科医院に入院したが、意識不明の危篤状態が続き、一〇日目頃から意識を回復したが、四肢の運動障害および発語障害が回復せず、同年五月三〇日まで同医院で入院治療を受け、さらに同日から同年六月三〇日まで佐賀県立病院好生館に入院して治療を受け、同日退院後同年一一月二八日まで同館に通院して治療を受け、右各期間中右仲仕として勤務することができなかつたことが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

(2)  右認定事実からすると、原告は本件事故にあわなければ本件事故の日から同年一一月二八日までの三一六日間仲仕として稼働することができ、その間に合計金二五万五、八四一円(昭和四〇年一ケ年間の収入額に三六五(日)分の三一五(日)を乗じたもの)を得ることができたはずである。したがつて、原告は、その主張の右期間中に右金額の得べかりし利益を失つたものというべきである。しかし、原告主張の請求原因(三)の(1)の金額のうち右金額を超える部分は理由がない。

(二)  後遺症による得べかりし利益の喪失

(1) <証拠>を総合すると、原告は前記三の(一)の入院、通院による治療後も自宅で療養を続けたが頭部打撲による後遺症は完治せず、現在でも頭痛、耳鳴り、両側肩部・腰部・両下肢の疼痛、顔面神経・聴神経障害があつて、思考力が低下し、安定した歩行ができず、すべての動作が緩漫であり、着替えその他身の回りのことに家人の手助けを受けなければならない状態であること、そのため原告は本件事故後従前の仲仕として稼働できなかつたことはもとよりその他どのような収入を得る仕事にも就くことができないで現在に及んでおり、時折自宅の釣具店の店番をすることはあるが、金銭の計算が十分にできないでいること、今後原告の右後遺症が現在以上に治癒する見込みはほとんどないこと、以上の事実を認めることができ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。右認定事実によると、原告は現在では思考力が全くないとか身体を全く動かせないわけではないのであるから、なおいくばくかの労働能力を有しているというべきであるが、他方着替えその他身の回りのことが自分で満足にできず、家人の手助けを受けなければならない状態にあることを考えると、収入を得るに足りる労働能力は全く喪失しているものと認めるべきである。そして、前記認定事実からすると、右労働能力の宗全喪失の状態は、本件事故時から現在まで続いたものであり、かつ、今後原告の生存中続くものと認めるべきである。

(2)  そして、<証拠>によると、原告は大正一二年一月三日生まれで本件事故当時四三才の健康な男子であつたことが認められ、右認定に反する証拠はないところ、厚生省統計調査部発表の第一一回生命表によると四三才の男子の平均余命年数は28.36年であるから、原告は本件事故にあわなければ、本訴提起のとき(四四才)から(原告の主張による。)から一七年間(六一才に達した直後まで)は稼働することができ、この間毎年前記昭和四〇年の収入額金二九万六、四五一円と同額の収入を得ることができたはずであつたし、またできるはずであると認めるのが相当である。そして、右一七年間に得べかりし年金的収入総額の本訴提起当時の現価を民法所定の年五分の割合による中間利息を控除するホフマン式計算方法によつて求めると金三五八万〇、二一八円となる。したがつて、原告は本件事故にもとづき右金額の得べかりし利益を失つたものというべきである。しかし、原告主張の請求原因(三)の(2)の金額のうち右金額を超える部分は理由がない。

(三)  入院付添費

<証拠>を総合すると、原告は前記中山外科医院に入院中の昭和四一年一月一七日から同年五月三〇日まで(一三四日間)付添看護を必要とし、そのため原告の妻田中光子が右期間中付添看護をしたこと、当時佐賀労働基準監督署において定められていた基準看護料のうち最下位の補助看護婦のそれが一日金七一〇円を下らなかつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。そうすると、一日金七一〇円の割合による一三四日分の金額が金九万五、一四〇円であることは計算上明らかであるところ、他に特段の事情が認められない本件においては、原告は本件事故受傷により入院付添費として同額の損害をこうむつたものと認めるのが相当である。

(四)  交通費、滞在費

<証拠>によると、前記田中光子は、原告が本件事故受傷により危篤状態となつたため、東京に居住していた長男を呼び寄せ、同人は原告の前記病状のため約一五日間佐賀市に滞在したことが認められ、この認定に反する証拠はない。しかるところ、原告はその交通費および滞在費として合計金六万〇、八五〇円を要したと主張するが、その事実を認めるに足りる証拠はない。そこで、右認定の交通の距離、滞在日数その他本件に顕われた一切の事情をあわせ考えると、本件事故と因果関係のある、すなわち被告らに賠償させるべき交通費、滞在費の合計額としては金三万円とするのが相当であり、原告主張の右金額のうちこれを超える部分は理由がないといわなければならない。

(五)  慰藉料

前記一、三の(一)の(1)、(2)の各事実によると、原告が本件事故により著しい精神的苦痛をこうむつたことは明らかであるところ、右各事実に本件に顕われた一切の事情をあわせ考えると、その苦痛に対する慰藉料を金一〇〇万円と認めるのが相当である。

四弁済受領

原告が本件事故につき、被告陣内から合計金二一万〇、八五〇円の弁済を受けたことは、原告においてこれを自認するところである。ところで、原告は同被告が弁済の内金一五万円を得べかりし利益の喪失および付添費に、内金六万〇、八五〇円を交通費、滞在費に各弁済充当の指定をしたと主張するが、右主張事定は<証拠>をもつてしては、いまだこれを認めるに足りないし、ほかにこれを認めるに足りる証拠はない。そうすると、右弁済のあつた金二一万〇、八五〇円は前記三の(一)ないし(五)に認定した損害賠償債権総額から控除すべきものというべきである。

五被告らの賠償義務

前記三の(一)ないし(五)に認定した原告のこうむつた損害額の合計が金四九六万一、一九九円であり、これから前記四の弁済額金二一万〇、八五〇円を控除すると金四七五万〇、三四九円であることは計算上明らかである。そして、本件訴状が昭和四二年二月一八日に被告陣内に、同月一九日に被告光武に、同月一七日に被告佐賀県にそれぞれ送達されたことは記録上明らかである。

そうすると、前記二の(二)ないし(五)に各認定した責任にしたがい、被告らは各自原告に対し、右金四七五万〇、三四九円およびこれに対する被告陣内は昭和四二年二月一九日から、被告光武は同月二〇日から、被告佐賀県は同月一八日から各支払いずみまでいずれも年五分の割合による金員を支払うべき義務を負うものといわなければならない。

六結論

以上の次第であるから原告の被告らに対する本訴請求は右認定の限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条但書、第九三条第一項但書前段を、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。(桑原宗朝 野間洋之助 新崎長政)

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